世上无难事 只怕有心人 ~東京から北京へ~

東京大学教養学部で国際関係論を学ぶ4年生。2016年9月から2017年6月まで北京大学に交換留学。

火鍋を食べようって話

北京大学では11月末に、中国語を学んでいる留学生のスピーチコンテストが行われる。コンテスト本番に先んじて中国語の各クラスの中で予選を行い、生徒間の投票で代表を一人選出する。

そしてボクはクラス12人のうち6人の票を集めてクラスの代表に選出された。ボクのスピーチのテーマは「火鍋」である。予選前日に中国人の友人2人と火鍋をつついていて、「中国人ってみんなで火鍋食べるの好きだよなあ」と突然頭に浮かんだテーマだ。

たぶん本当に語りたいこととなると「日中関係」とかになるのだろうが、少し複雑なので語るのを避け、ポップな話題で勝ちに行ってしまったのは否めない笑

うーん‥本番はどうしたものか。一等賞とりたいなあ‥。

ちなみに辛いものを食べると滝汗が出る(中国だとものすごく不便な体質)ボクは、火鍋と言っても、唐辛子が仰山入っている赤いスープではなく、一切辛くない白いスープ専門である‥。

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大家好!今天我演讲的题目是 中国的一种饮食文化。

みなさんこんにちは。今日は中国のある食事の文化について話そうと思います。

问大家一个问题:交朋友的最好的方法是什么?我觉得是一起吃好吃的东西,你们同意吗?我真觉得这个方法是世界上所有的地方都适用的一种方法。

早速質問です。友達を作る一番よい方法は何でしょう?私は、一緒に美味しいご飯を食べることだと思うんですが、共感してくれますか?。この方法は世界どこに行っても通用する方法だと思っています。

中国有一个特别适合很多人一起吃的菜,这个菜就是火锅。中国城市里常常可以看到火锅店。中国人聚会的话,去火锅店用同一口锅一起吃饭。吃火锅的时候,我们要自己决定汤的口味和放在火锅里面的材料,比如说羊肉,牛肉,蔬菜,豆腐等等。所以做好的火锅味道每次都不一样,反映着当时参加的人的个性和当场的气氛。

そして中国には、みんなで食べるのにすごくよい料理があります。その料理とは火鍋です!中国の街中には火鍋のお店がたくさんあります。中国人は宴会をする時、火鍋のお店に行き、同じ1つの鍋を使ってみんなでご飯を食べます。火鍋を食べる時は、自分たちでスープの味と鍋に入れる具材(羊肉・牛肉・野菜・豆腐など)を選ばなければいけません。なので出来上がった火鍋の味は毎回違っていて、作った人たちの個性やその場の雰囲気が味に現れます。

我给你们说说我的经验。有一天,一个日本女同学在北京的地铁上认识了一位陌生人,他大概四十岁,当然是个男人。他们谈了一会儿话,然后决定改天一起去吃火锅。我觉得这个女生一个人去和他见面有点儿危险,所以我决定陪着她一起去。

私の経験を1つ話します。ある日、日本人の女の子が北京の地下鉄で、40歳位のおじさんでした。2人はしばらく会話をして、別の日に一緒に火鍋を食べに行くことを決めました。女の子が一人でおじさんに会いに行くのはちょっと危ないなと思ったので、私は一緒に行くことにしました。

我们三个人碰面后,就进入了火锅店,最初我们互相不知道对方是什么样的人,都比较紧张。而且我和日本女同学的汉语水平都不怎么好,沟通有问题。不过我们围着火锅吃了一会儿以后,感觉到我们三个人的距离拉近了。这个男人要求我们多吃多喝。我喝白酒喝得很开心,最后大醉了。
三人で顔を合わせて、火鍋のお店に入りました、最初はお互いに相手がどんな人かわかっていなかったので、少し緊張していました。それに加えて私達の中国語があまりうまくなかったので、うまく意思疎通できませんでした。けれども、火鍋を囲んで食事をしているうちに、三人の距離が近くなっていっているような気がしました。おじさんは私たちに「もっと食べろ、もっと飲め」と言ってきたので、白酒を飲んで酔っ払いました。

来北京以后,我体验了几次吃火锅,每次吃火锅都帮助我跟一起吃的人建立起了很好的友谊。我看过一篇论文,讨论中国饮食文化。根据这篇论文,中国人特别重视跟朋友吃饭的时间。中国人有时候用圆桌子吃饭,这样可以看着大家的脸吃。中国人见朋友的时候,常常问“你吃饭了吗?”。这些例子说明,在中国,人和人交流的中心就是吃饭,就是饮食。火锅象征着这样的中国文化。

北京に来てから何度か火鍋を食べましたが、毎回火鍋のお陰で、一緒に食べた人と仲良くなることができました。中国の飲食について論じている論文を読んだことがあるのですが、それによると、中国人は友人と一緒にご飯を食べる時間を大切にするそうです。中国人は食事の時よく、丸いテーブルを使って、みんなの顔を見ながら食べます。中国人は友人に会うとよく、「ご飯食べた?」という問いかけをします。これらの例からわかるのは、中国では人と人の交流の中心に飲食があるということです。そして火鍋がこのような中国の文化を象徴しています。

在北大,我们经常去食堂吃饭。可是食堂里人很多,很不容易找到座位,不容易跟朋友们自在地聊天儿。这样子吃饭,并不能给你带来快乐。如果你想吃得快乐,那么,我建议你:跟朋友一起去吃火锅吧

北京大学で私たちは、いつも食堂でご飯を食べます。しかし食堂は混雑していて、座席を探すこと、友人と楽しく会話をするのがとても難しいです。そうなると、食事の時間が全然楽しくありません。もしあなたが楽しく食事をしたいと思っているなら、ひとつ提案をします。友人と一緒に火鍋を食べに行きましょう!

北京大ってこんな感じー雑感ー

北京大の学生と交流する中で、北京大のよいところ、悪いところに少しずつ気づいてきた(今のところボクにとっては「よいところ」のほうが多いのだが)。忘れないように、ブログの文章として書き留めておこうと思う。

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◯学生時代は学業が最優先
北京大学生の何が東大生と違うかといえば、まずは学業に対する意識が高いことだ。

というのも理由があって、北京大生のほとんどは1日をキャンパスの中で過ごす。キャンパスは東大の本郷キャンパスと同じくらいの大きさで、実際そこまで大きくはないのだが、その面積の半分くらいが学生寮に充てられており、殆どの学生が学内に住んでいる(学生寮の環境は決してよくない。4人1部屋の寮に四年間住むのである)。スーパーやコンビニ(最近ファミマができた)、銀行、郵便局、ジム、劇場などが全て大学内にあるので、大学内で生活が完結するのだ。

20時とか21時半まで授業があって、そのあと図書館に行って次の日の宿題をやる、みたいなことも珍しくはない。カップルのデートもキャンパス内で完結したりする。北京大のキャンパスの中には「未名湖」という湖があるのだが、夜にここに行くと‥(あぁぁぁぁぁ!)

◯大学院への進学
北京大の学生は、理系のみならず文系も、院に進学してナンボ、みたいなところがある。これはかなり意外であった。日本では文系の学生が院に行くと。残念ながら「普通のコースを外れた変わり者」「無駄に年を食っている人」と見られてしまうことが多いのではないだろうか。一方で中国では、院に行かないと「専門性がない人」と見られ、就職市場では人気がないのである。

海外の院を目指す人も多い。大学の食堂のテーブルの上には、海外進学をサポートするエージェンシーの「こんな私がオックスフォードに!?」的な広告が貼られている。東大や早稲田に行きたいという学生も一定数いるらしい。

ただボクからすると、院に進みにくい日本も問題であると思うが、院に行かなければならないという風潮のある中国もイヤである。正直、院に行ったところで仕事に必要な「専門性」が身につくかどうか怪しいと思うし、若くてエネルギッシュな時期を仕事に費やす選択肢があって然るべきではないか。

◯就職事情
ボクが「公務員になりたい」と中国人の友達に言うと怪訝な顔をされることが多い。十中八九、「公務員、安定してるからね~」という反応が返ってきて、「そうじゃないんだよな‥」と思う。北京大学生内での就職人気はだいたい以下の順になるらしい。

①外企(外資系企業)
優秀な層に人気があるのは、外資系の投資銀行コンサルティングファーム・IT企業(GoogleFacebookなど)である。これらの企業に人材を供給しているのが、いわゆる経営学部である「光华管理学院」だ。ここでは、一流企業から招いた講師による実践的な経営教育がなされており、卒業生の莫大な寄付により設備を年々拡充している。ちなみに法学部とか医学部は全然存在感がない。

②民企(民間企業)
ITやサービスの領域に関してだけは、規制が少なかったため、この10年間くらいで急速に、政府の資本の入っていない民間企業が育ってきている。特に人気があるのは、検索エンジンを運営する「百度(Baidu)」、巨大なECサイトの淘宝を運営する「阿里巴巴(Alibaba)」、中国版のLINEである微信などのサービスを持つ「腾讯(Tencent)」の「BAT」と呼ばれる3つの大企業である。ただボクからしたら、GoogleやLINEやAmazonに対する規制の恩恵をまさに享受しているBATも、国営企業みたいなものではないかと思ったりする。

③公務員
上で述べたように、公務員に対する印象は北京大学生の中ではあまりよくない。日本の公務員と比べて「裁量が少なく」「安定しているが窮屈な」職業というイメージが持たれているようだ。どちらかといえば北京大学よりも人民大学に、公務員志望の学生が多いということだ。

④国企(国営企業
自動車や鉄鋼などの国営企業は全く人気がない。中国の国営企業は、政府の保護政策によって「ゾンビ化」しており、政府の経済政策の変更も影響して非常に業績が良くない。国営企業インターンしたことのある学生(日本人)によると、従業員は「ほんとうにやる気がない」そうだ。

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ここまで書いて思うのだが、「北京大学が特殊」なだけではなくて、むしろその比較対象である「東京大学が特殊」「日本が特殊」でもあるのかもしれない。様々な国の留学生と話していても、学業への取り組み方や就職の文化において、中国は日本よりも欧米に近いと感じる。東大は一応日本でトップの大学ではあるが、本気で学業に取り組む生活を送る学生は、特に文系の場合非常に少ない。

ただその一方で、東大の方がよいと感じる点ももちろんある。北京大生の「エリート意識」はハンパじゃない。彼らは高校のころから「高考」(中国のセンター試験)で優秀な成績をとるために、部活もせずに朝から晩まで脇目も振らず勉強をしてきている。大学に入ってからは、アルバイトをすることもなければインカレサークルもないので、北京大学の外の人々と接する機会が非常に少なく、彼らの「エリート意識」が増幅されても不思議ではない。東大生は東大生で「エリート意識」を持っている(一部の人はかなりひどい)が、市井の感覚も持ち合わせている人は多いはずである。

さて、色々書いたものの、まだまだ北京大学生の友達は少なく、バイアスがかかりまくっているのが本当のところだ。サークルに入りそこなったのが非常に痛い。もっと様々な場所に顔を出して交流していきたい。

公務員の王さんと「認識B」

今日は中国の公務員の方、王さんとお食事をした。

ボク→東大の後輩のJさん→Jさん行きつけのクリニックの看護師さん→王さん、という形で縁がつながり、4人でお食事をさせていただいたのである。食事をしたのは黒竜江料理のお店で、「都会の中の農村」というモチーフで内装された素敵なお店だった。

(ちなみにJさんはそのような縁を拾ってくるのがうまく、地下鉄の中でJさんが偶然知り合ったおじさんと3人で火鍋を食べに行ったこともある。このおじさん、初めて会うのに、昼間なのに、羊肉をドンドン食わせ、ビールと白酒をガンガン飲ませてきた。これが中国流のもてなし方…。)

 

ボクは王さんに会う前、中国の公務員というと
・すごくお堅い
共産党に忠実
・あまり日本に対していいことを言わない

というイメージがあった。しかし王さんはそのイメージとは全然違う人だった。物腰柔らかで、気遣いが行き届き、親日的な、いわゆる「すごくいい人」であった。

彼は南開大学の哲学科を卒業し、天津市政府で、東アジアに関するニュースを集めて分析する仕事についているという。日本のニュースは、共同通信と日経の記事を見ているらしい(彼が日本の国家公務員にあたるのか地方公務員にあたるのかはよくわからない)

ボクたち4人の話は、料理や旅行の話から、日中の公務員や大学入試制度の話、経済や就職の話、歴史の話、そして日中関係の話にまで及んだ。その中でボクが意外に感じた点が以下の3点である。

 

①中国の状況に対しての見方が冷静だったこと
王さんは話の中でこんな内容をしゃべっていた。
・外交に関することは外交部ではなくて全てトップの7人(中央政治局常務委員)が決めている
・中国の実体経済は近年あまり良くない。投資家の動きによって金融バブルが生じており、住宅価格の高騰のせいで市民は困っている。
・農村部と都市部の経済格差が拡大している。農村の暮らしは前より悪くなっている。
・国内で問題があると政府は国外の問題に国民の目をそらす(フィリピンや"釣魚台")
これらの内容、言い方を変えれば政府批判にもなるような内容である。様々な言論規制がある(この規制の実体をボクはまだあまり把握していないが…)中で、このようにバランスの取れた見方を、公務員の方が、日本人の学生に向かって忌憚なくしゃべってくれることに少し驚いた。

②日本に対する関心と理解が深いこと
王さんは東北アジアに関する仕事をしているだけあって、安倍首相の政策や岸田外務大臣の存在、東大の中国研究者に関してよく知っているようだった。日本の公務員試験や大学入試のことについて、興味のある様子でボクたちに質問を投げかけ、「うんうん!」と聞いてくれた。中国語で日本のことを紹介するのはとても楽しかった。

日中関係に対して楽観的な見通しを持っていること
ボクはいま日本の公務員になることを目指している。そんなボクに向かって、王さんは「日中関係は今後どうなると思うか」というストレートな質問を投げかけてきた。ボクは、前向きな返答をしたいと思いつつも、「いろいろ不確定な要素があるからわからない」というような答えしかできなかったのだが、彼は「日中関係は絶対今後よくなる」と何回も念を押すように言った。ボクら日本人を前にして希望をこめて言った面もあると思うのだが、とはいえその言葉の強さに少し面を食らってしまった。

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そんなお食事会のあと、寮に帰ってこんなことを考えた。

「中国人」の「日本人」に対する認識を「認識A」としよう。
「日本人」の「認識A」に対する認識を「認識B」としよう。つまり、日本人が思う「中国人って俺たちのことこんな風に思ってるよな」というその思い込みが「認識B」である。

中国人と話してよくよく感じるのは、この「認識B」が「認識A」と大きく乖離していることが往々にしてあるのではないかということ。意外と中国人って日本のことを冷静に見ていたりする。もちろんボクがこちらで知り合ったのは中国人13億人のうちの偏った数人のサンプルにすぎないから、それを根拠として「認識B」を断罪することはできないし、そもそも「認識B」と「認識A」がズレるのはごく自然なことだと思う。もちろん中国人の側の「認識B」にも同じようなバイアスがかかっていると思う。

それでもこの「認識B」にボクが注目するのは、二国間で国民レベルの相互不信が根強い場合に、「認識B」に注目することが一つの糸口になるのではないかと考えるからだ。「相手は意外と自分たちのことを好意的に思っている」もしくは「相手方にはこちらを嫌いな人もいれば、すごく好きな人もたくさんいる」と「認識B」を改めることで「ではこちらも警戒を解いてみよう」「こちらをすごく好きな人とさらにいい関係を築こう」となるのである。せめて「認識Bと認識Aは異なることが多い」ということを認識するだけでも、プラスの効果があるのではないか…。

…と書いてみたが、文字にすると意外と陳腐になってしまうというか、ありがちで抽象的な理想論に聞こえてしまう。今後のブログでもっと膨らませていきたい。
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王さんは「天津に遊びに来て!」とか「一緒に西安に旅行に行こう!」というお誘いもくれたので、ぜひ何度もお会いしてお話させてもらおうと思う。とてもいい縁に巡り会えたものだった。

来たる北京の寒さとの過酷なる戦いを前にして、戦々恐々とする10月末日だった…。

2人の妹ができました

北京大学で中国人の友達を作る一つの方法に、「ランゲージパートナー」という制度を利用するものがある。大学の留学生オフィスが、または北京大学日本人会の先輩が、個人個人に親切に紹介してくれるのである

ボクが紹介してもらった2人はどちらも女の子。そこでボクは気付いたのだが、この制度は「ランゲージパートナー」という名目のもと、女の子と頻繁にデートを重ねることができる素晴らしい制度なのだ。しかし2人に会ってみたボクはまた気付いてしまった。「この子達、妹みたいな感じだな…。」

というわけで、ボクにはこれから1年間付き合っていく2人の妹ができたことになる。
(「キモい…」とか「勝手に妹とみなすなんて無責任だ!」という批判は甘受する)

①李孟沢ちゃん
歴史学部の2年生。美食家。肌が白いことからボクは彼女のことを「ユキちゃん」と呼ばされている。とてつもなく真面目なタイプ。いい就職をするために、歴史学部の授業と並行して経済学部の授業も履修している。年上のボクに母親のように説教を垂れてくる(「もっとたくさん話さなきゃダメ!」とか「留学に来たんだからたくさん勉強しなきゃね!」とか)ため、一緒にいると疲れることもしばしばなのだが、日本人学生にはないバイタリティーの強さと、学問に取り組む真摯な姿勢には感心させられるばかりだ。

②籍春蕾ちゃん
歴史学部の1年生。小さい。全然垢抜けていない(日本の中学生と同じくらいの雰囲気)入学して間もないが模擬国連と剣道のサークルを掛け持ちするガッツがあり、おそらくとても真面目な学生なのだが、「ラテン語の授業ほんとにイヤだ~」とか「英語できない~(泣)」とかいつも愚痴を言っているような親しみやすい子である。ボクを「学长!」(「先輩」)と呼んでくれるのがこれまたよい。1年生ということで、北海道の大学で勉強しているボクの実の妹と同い年だ。うわ~、変な感じ。

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(長城に行ったときの写真。右から2人目が春蕾。不到长城非好汉。)

 

ランゲージパートナーとは週に1・2回会って、ご飯を食べたり、大学の近くに出かけたりする。中国語の実践の場としては最高の場で、授業で鍛えた成果を実感できるのが嬉しい(最初は30%くらいしか聞き取れなかった相手の言葉が、今では80%くらいにまでなった)

妹2人は日本語を勉強しているので、たまに教えたりする。中国と日本の大学事情や受験事情、家族事情などについてもお互い興味を持って聞き合うことができるので、会話のネタが尽きることはない。

2人は、外国人のボクに臆することなく、とても優しくフレンドリーに接してくれるので、ものすごく感謝している。実の妹に兄らしいことを全然してこなかった分、こちらの2人の妹には兄らしく接していきたい。

四川旅行

10月初めの一週間、国慶節(建国を祝う祭日)で大学が休みになったのを利用して、四川省に旅行に行ってきた。大学のクラスが一緒で、なぜだか同じタイミングで北京大学に留学している、佐藤クンと一緒にである。

北京から四川省省都である成都までは、飛行機で4時間ほどの距離だった。そこには、北京で体感する中国とは異なる、中国の姿があった…。

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九寨溝

今回の旅の最大の目的は、世界自然遺産九寨溝を訪れること。成都からバスで片道10時間ほどかかる山奥ではあるが、国慶節ということで観光客が大挙してやって来ており、九寨溝の区域内には数多くの湖が点在するのだが、その水は炭酸カルシウムを成分として多く含むために、透明度が高く、驚くほど鮮やかな青色の輝きを放っているのだ。写真で見ても綺麗だが、実際に見るとそれを遥かに超えて綺麗だった…。

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成都の街並み

成都は、劉備が建国した蜀の都であり、長い歴史を持つ街だ。劉備諸葛孔明の墓廟、杜甫の草堂など、歴史的な建造物が数多く存在するのだが、それらはどれも質素な佇まいで、日本人の目には馴染みやすかった。街自体がすごく整然としていて、(人口400万の街なのだが)人混みが少なく、空気も綺麗で、時間のゆっくり流れているような印象だった(因みに中国人の中で、成都の人は「仕事を怠けて麻雀を打っている」イメージらしい。なんと不名誉な…。)

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〇パンダ

成都の郊外にある、世界最大のジャイアントパンダ保護区に行き、その愛らしさに悶絶してきた。こんなに愛らしい生き物が存在することが奇跡だと感じざるを得ないパンダであるが、園内の案内で中国の「国宝」であると盛んに喧伝されているのを見て、そういえばパンダのソフトパワーを利用した「パンダ外交」なるものもあったな~、などと、パンダが与えられた平和の使者としての使命にも思い至った国際関係論の学徒であった。(なんか文章がすごく硬い)

https://en.wikipedia.org/wiki/Panda_diplomacy

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四川料理

火鍋、麻婆豆腐、回鍋肉など、辛いものは全て四川料理だと言っても差し支えない。ボク達が身の程をわきまえずに挑戦した火鍋は地獄の辛さだった。滝汗をかいているところを見兼ねた店員さんにもらったお湯で、肉や野菜についた辛いタレを洗って食べた。四川には今世も来世も来来来世も絶対に住みたくない。

◯ホステル

今回泊まったのは全てホステルのドミトリーだったので、 外国人のバックパッカーとも、中国人の旅行客とも、知り合いになることができた。観光地で眺めた景色や美味しく食べたものに加えて、こうして知り合った人々と交わした話が旅の収穫になると思っている。佐藤クンと一緒にいると、中国語も英語も自分が劣るので、コミュニケーションに差があり悔しい。そこで気持ちが折れてしまう時と、語学の拙さを受け入れて、それでも何とか心を通わそうとしてみた時では、大きく結果が違ってくる。最後の夜に、中国人の女性と長い間楽しく話すことができ(別に口説いたりしているわけではない。念のため。)、いい形で締め括ることができたのは、大きな自信と今後の学習のモチベーションになった。

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中国は広し。今後も時間を見つけては旅行に行き、中国各地の異なる文化や風景に触れて、中国を色々な角度から理解することを心がけたい。今回旅行先で知り合った安徽、上海、台湾の中国人のところも訪ねてみたいと思っている。春節も日本には帰らないで、中国国内を旅行するつもりだ!

一緒に行ってくれた佐藤クン。ホテル関係の面倒な作業やってくれたり、ハイキングしながらたくさん話してくれたり、正露丸の匂いを受け入れてくれたりしてありがとう。(このブログ読んでいるらしいので…。私信ですww)

中国語の授業

今日は(ついに)ボクが受けている中国語の授業について書く。

 

ボクはこの学期、中国語の授業だけしか取っていない。国際関係や民主主義に関する探求もお休みである。理由は簡単に言えば

・今まで散々サボってきた語学の勉強に集中したいとの思いが強い(同時に色々できない不器用な人間なので)

・中国語の授業の内容が大変充実している

・そもそも、中国語の授業と国際関係や中国政治の授業がかぶっていて、物理的に後者を全然履修できない…

というところである。

 

もちろん、4年生になってまで、すでに学び終えているべき語学の勉強ばかりして、専門的な勉強ができていないことの焦りも少しはあるのだが、今学期で語学の実力を十分に高めて(HSK6級を絶対にとる)、来学期はこれらの勉強を存分にしようと考えている。さて、いま受けている授業を簡単に紹介するとしよう。

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①汉语

中国語の読解の授業。週8時間。以下の授業も全部そうだが、対外漢語教育学院という、外国人に中国語を教えるために存在する機関の授業で、先生は全て中国語で授業を行う。①と②は同じクラスで行う。日本人4人(残りの3人は同志社の学生)、イギリス人3人、オーストラリア人2人、ドイツ人・スペイン人・アメリカ人各1人の計12人という構成である。先生はとても優しいし、北京という街の成り立ちや中国の各地方の人々の気質の違い、ネットスラングなどについても解説してくれたりするので、楽しくて時間が経つのはあっという間である。

②口语

会話の授業。週6時間。教科書に沿って進めるのだが、「とにかく発音をさせられる」「クラスメイトと話し合う機会が多い」ために大変活気がある授業である。今週の月曜日の授業では、「漫才」というテーマでスピーチをして、大変よい評価をもらった(はず)。

③视听说

中国の超人気ドラマ「家有儿女」(「大好き5つ子ちゃん」みたいなドラマ)を教科書化し、映像を見ながら中国語を学ぶ講義。週4時間。これは少し簡単すぎて退屈…。

④语言文化

オムニバス形式で中国の言語や関連文化を学ぶ講義。週2時間。対外漢語教育学院の授業だが、唯一中国語「で」学んでいる充実感を味わえる講義。簡体字繁体字、中国仏教などの硬めのテーマもあれば、「中国の流行歌」という軽いテーマの時もあって面白い(中国の"流行歌"は80年代まで「祖国」とか「社会主義革命」とか「毛沢東」とかを歌ったものが主流だったしい。こわい…。)

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最初のブログでは中国語ができなくて不甲斐ないという感想をを綴っていたのだが、今は確実に進歩を感じながら自信を持って勉強している。日常会話の中で実践する機会が常にあることがモチベーションになっている(南京の時もこんな気分だったっけ)

そして、対外漢語教育学院の先生は全て、外国人に中国語を教えるプロフェッショナルである。中国語を中国語でわかりやすく教えるのにも慣れているし、生徒を鼓舞し導くのが大変うまい(「この先生テキトーにやってるな…」という先生がいない)

 

この授業を受けてみて、僭越ながら日本の語学教育に関する意見を持つに至った。

<日本人に対する外国語教育>

東大でも中国語の授業はたくさん受けてきたが、北京大学の授業の方が格段に楽しいし、進歩も早い。日本の中国語教育でも、「中国人が教える」「中国語で教える」「文法を一方的に講義するのではなく実践の機会を設ける」。これくらいできないものだろうか?一文一文和訳をさせるのとかすごくナンセンスである。

そもそも、日本人以外の外国人留学生は当然のようにみな英語を流暢に話せている。彼らは当たり前のように、英語ネイティブの教師に、英語で授業を受けてきているという。日本人のボクがすごくつたない英語を少しでもしゃべると"I really think that your English is very good" とかお世辞で言われる。

語学教育のやり方を変えたほうがいいことは(留学なんかしなくても少し考えれば)誰でもわかることなのに、それでも変わらないのは、大学の授業のみならず、入試や教師の資格制度、中学・高校のカリキュラムなど全て変えなければならず、その旗振り役となるリーダーがいないからなのか…。

<外国人に対する日本語教育

東大にも、対外漢語教育学院のような機関があったらなと思う。日本で日本語を勉強したい学生は、体系的に日本語を学ぶ場所日本の大学にないので、日本語学校に行くしかない。大学の留学生はいつまでたっても増えないから、各国のトップ層に日本に親しんでもらう機会が作れないし、日本人在学生が留学生と交流する機会も大変希少になる。

中国では北京だけでも、北京・清華・北京語言・北京師範・人民などの各大学に、中国語の学習機関が設けられている。日本はアニメがあっても、ソニーがあっても、スシがあっても、日本語を理解する外国人を増やせなければ、ソフトパワーで圧倒的に中国に負けてしまうだろう…。

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とにかく、朝8時からの授業にも(寮と教室が近いこともあって)適応し、「授業をサボる怠惰なヤツ」という自己認識も改善されつつある。語学のモチベーションが皆無だった自分がこんなに楽しく語学を勉強できるとは思わなかった。やっぱり留学にきてよかったー。

 

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更新再開!

ブログを1ヶ月以上更新しなかったのにはわけがある…わけではない。結局、骨身に染み込んでしまっているサボりグセが直らないだけなのだ。

 

こっちにきてから1ヶ月半が経つものの、なんかこう、ワクワクして書きたくてしょうがないような体験なんてそうそうないのが現状かもしれない。

 

・中国語の授業の話

・天津と四川に行ってきた話

・中国人の妹ができた話

北京大学の外国人留学生たちの話

・北京という街の話

 

う~ん、リストアップしてみたものの味気のなさは否めないが、言語化してみるともしかすると面白くなるのかもしれない。

 

プレッシャーをかけないと更新しないので、「10月中に最低5記事」を書くことをここに宣言する。今週一週間はもう少し冒険して、ブログのネタになる話を作ろうっと。

 

 

今回はとりあえず、明日の授業で行うスピーチの草稿ができたのでここに書き留めておく。中国語は確実に上達しているはず…!

 

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大家好,我现在来介绍一下日本的现代文化。不是SAMURAI,也不是动画片或者漫画。

ハローみんな!今日はみんなに日本の文化を紹介しちゃうよ。あ、文化っていっても、「サムライ」じゃないし、アニメやマンガでもないんだ。

 

先请你们看这篇动画。这是在日本的电视上,剧场上我们每天能看的一种喜剧。我们日本人把这样的喜剧叫做“漫才”(中国也有好像这样的喜剧,叫“相声”)。
先にこの動画を見てくれ!(タカトシの漫才)
これは日本のテレビとか劇場で、毎日のように見ることができる一種のコメディーだね。俺たち日本人はこれを「漫才」っていうんだ。(中国にも「相声」っていう似たものがあるみたい。)

你一看就看懂漫才的最大特点。漫才是两个人一起做的(凡是在欧美喜剧是一个人做的,是吗?)。两个人站在观众的前面做五分钟左右的对话。站在麦克风右边的人有普通人的感觉,他想对观众说明一件事。站在左边的人有点笨,他的回答常常没有道理,所以右边的人不能继续说明。他生气,打左边的人来责问。这样做,观众就能清楚地看懂右边的人多么奇怪,多么笨,忍不住哈哈大笑。

動画見たらすぐ漫才の最大の特徴がわかるでしょ?漫才は2人1組でやるものなんだ!(だいたい欧米だとコメディーは一人でやるものじゃない?)
二人で観客の前に立って五分くらいのやりとりをするんだけど、マイクの右に立ってるやつはすげー普通のヤツで、観客に何か説明しようとするんだ。一方で左に立ってるやつがバカなヤツで、毎回毎回アホな返答をするんだ。右のヤツは説明が続けられなくなるから怒っちゃって、左のヤツを叩いて「なんでやねん!」って言うんだ。こうすることで観客は、右のやつがどれほど変で、どれほどアホかわかって、ゲラゲラ笑っちゃうんだよ。

 

为什么在日本这样的喜剧发展了?我分析一下。据说我们日本人对人家的评价非常敏感,有时候过分的敏感。我们都希望有普通的感觉,讨厌想法或者行为跟别人不一样。漫才就反映日本人的这个特点。我们只看左边的人说可笑的事情还不满足。看右边的人打左边的人责备,才能感到很痛快。

なんで日本でこんなコメディーが発達したんだろう?ちょっと分析してみよう。よく言われるんだけど、日本人って他の人の評価をすごく気にするんだよね。というか気にしすぎてるくらい。みんな普通の感覚を持ってる方がいいと思ってて、他の人と考え方や行動が違うのがいやなんだ。日本人のそういうところが漫才に表れてるんだよ。左のヤツがおかしなこと言っただけじゃ満足しなくて、右のヤツが左のヤツを叩いて「なんでやねん!」っていうのを見て初めて、スカっとするんだ。

 

漫才看起来真是现代的文化,但其实它有长长的历史,真可以说这是所谓一种传统文化。自从一千年以前,日本有一个习惯。在新年一对的演员来到各个家庭演一段愉快的对话。这个习惯发展下去,终于成为了现在的漫才形式。

まあこうやって見ると漫才はほんとに現代の文化のように見えるけど、実はむっちゃ長い歴史があるんだぜ。いわゆる伝統文化の一種って言ってもいいくらいなんだ。1千年前から日本には、新年に2人一組の芸人が家を回って、面白い話を披露するっていう習慣があったんだ。これが回り回って現在の漫才になったんだ。

 

特别一九八零年以后,电视节目上漫才演员开始活跃。他们笑话的技术非常熟练,所以他们不仅演漫才,也参加很多节目,受日本国民的欢迎。许多年轻人做成为电视明星的梦当漫才演员。可是他们的大部分不可以做漫才维持生活,不得不一边打工一边练习漫才。一般,起码做漫才做了十年才能电视上活跃。

特に80年代から、テレビで漫才師が活躍し始めた。ヤツらの人を笑わす技術はすげー高いから、漫才するだけじゃなくて、いろんな番組に出て、日本国民に気に入られてるんだ。若者でTVスターになることを夢見て漫才師になるヤツらもとても多いんだけど、大体は漫才で生計を立てられないから、バイトしながら漫才の練習に励むんだ。だいたいテレビで活躍するまでに最低10年はかかるかな…。

 

漫才的世界是一个又华美又严酷,又轻松又深远的世界。我非常喜欢看漫才哈哈大笑。我希望世界上的更多人们认识漫才的魅力。

漫才の世界は華やかだけど厳しくて、気楽だけど奥深い世界なんだ。俺は漫才見てゲラゲラ笑うのがとても好きなんだ。世界中の人にもっと漫才の魅力が伝わるといいなー。